人間の脳は凄い!Ⅲ

続いて、どのように顆粒細胞から巨大神経細胞が生れる機序を説明しなければ分らないだろう。
このブログでは、度々脳神経細胞は環境のみに依存すると述べている。
脳神経細胞にとっての環境とは1千億個以上ある他の脳神経細胞から発する神経伝達物質の分布状況を筆者は考えている。

昨日書いたように、感覚受容体を持つ神経細胞は先ず、嗅玉及び視床でその感覚が電気信号に変換され、夫々の軸索を通って伝えるべき夫々の1次変換を行う1次神経野に伝達される。
視覚を例にとって例を上げて見ると、網膜で受け取った刺激は視床に軸索が伸びており、ある程度修飾されて後頭部にある第1次視覚野に送られるのだが、この段階では網膜が受け取った情報しか伝えられず、我々が見ている像とは及びもつかない。
と言うのは網膜に分布している脳神経細胞が受け取った光信号は、その細胞数でしか受け取れず、その神経細胞数なりの飛び飛びの画像でしかない。

この飛び飛びの画像を意味あるものとするのに1次に止まらず2次そして3次にあたる頭頂葉にある運動連合野において我々が見る画像に仕上げている。
詰り、我々が見ていると認識している画像は脳神経細胞が夫々連携し合って脳によって修飾された画像であるので、実は網膜で受け取っている情報は脳に修飾されて現在の見ていると言う状況を織りなしていると言う訳である。
詰り、脳神経細胞が担っている仕事というのは修飾と言う作業そのものである。

聡太の脳もそういう機序に支えられて出来ているのは言うまでもなく、将棋に関しての情報を耳目で受け取り、それが脳内で修飾され、将棋脳に届けられ、それが将棋脳を造詣する。
無論、将棋に関わる脳神経細胞同士で神経伝達物質を交換し合い、夫々の持つ情報を修飾しあっているのは言うまでもない。
それが棋士夫々の個性となり、指し手が夫々の棋士で異なっている。

この現象は棋士のみではなく、様々な仕事をしている人々の脳はこうやって象られる。
これをAIが真似できるのは、未だ未だ数え切れない歳月を必要とするだろう。
AI超えとよく言われるが、真面目に脳を使っていれば当たり前のことなのである。

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