藤井聰太7段は常に最善手を求めて読み続けている

人はやろうとする前に既に行動に移っているものであるから、急な危機が来ても回避の行動が本能的に起こっている。
これは脳神経科学の立場から説明すると、前頭前野でそのおける状況を把握し、論理だって理解する前に第1次運動野と小脳が連動して、危機回避の行動を判断している所以である。
であるから、縁台将棋等では相手が指すと瞬時に指すし、AbemaTVトーナメントでもフィッシャールールによって1手指す毎に5秒追加されるとは言え、あのスピードで指している状況が生れる。

実は過去経験で良かった結果は全て小脳核に記憶として残っていて、それは瞬時に稼働するので、第1感が間違いないというのはそういうメカニズムがあるからに相違ない。
しかし、過去に経験があったにしても、それを経験以外の良い結果を求めるものが読みに他ならない。
我々が未曽有うの立場に追いやられた時、最善の策を考えるのが前頭前野に求められる役割である。

藤井聰太7段は朝日杯オープン将棋トーナメントやAbemaTVトーナメントで2連覇していて、将棋に関する勘の働きは抜群である。
であるから小脳核に蓄えられた様々な確信の持てる場面が他の棋士よりも多いのであろうと推定する。
しかし、持ち時間が早指し棋戦より長い棋戦においては、持ち時間を使い果たして読み耽り、最善手を探している。

その思考を繰り返し、最善手に辿り着いた時、その記憶は小脳核に長期記憶として残るのである。
このブログを見て下さっている読者諸兄は、藤井聰太7段が理想的な将棋の学びをしてきた事はお分かりで、早指し棋戦2連覇はその結果であるのも薄々感じておられる事と受止めている。
その理想的な将棋の学びの上に小脳核に新しい知見を入れようとしているのが最善手を求める現在の藤井聡太7段の読みに他ならない。

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